空室に頭を悩ませる不動産オーナー様(家主)としては様々な空室対策を検討しますが、その一つが「礼金を無(ゼロ)にするか否か」です。
ただ、家主としては「礼金をゼロにする=収入の減少」となりますので、今までもらってきた方にとっては心理的なハードルは大きいと思います。
では、礼金をゼロにすることで、どのくらいの効果が期待できるのでしょうか?
今回は空室対策における礼金有無について触れてみたいと思います。
そもそも礼金とは?
1923年の関東大震災が起源とする説が有力(諸説あり)ですが、何れにしても昔は賃貸住宅の供給に対して、家を借りたいという需要が大きく上回っていました。
「何とか御礼のお金を払うから貸してください」
「貸していただいてありがとうございます。御礼にこのお金を・・・」
と借主から貸主に支払われていたのが現代の「礼金」のルーツです。
昔の礼金は月額賃料の2~3か月分というのは当たり前でしたが、賃貸住宅の供給が進むにつれて需要と供給のバランスが崩れ、賃貸住宅の競争が激化し、現在東京都では1か月分が相場となり、ゼロという物件も増えてきました。
家探し人(借主)から見た礼金
キーワード検索では、礼金とセットで「おかしい」「払いたくない」「交渉」といったネガティブな言葉が多く検索されています。
実際に、私がお部屋探しに携わる際も一定数「礼金なしの物件」を希望される方がいます。
現代はインターネットによって多くの情報が簡単に得られるようになりましたので、特に「礼金」「仲介手数料」は嫌がられる傾向にあります。
家主にとっても礼金は大事な収入源であり、家主自身も多大な経費が掛かるのは前提として、借りる側の境遇も知っておいた方が良いかもしれません。「そのくらい知ってるよ!」という内容かもしれませんが、少しだけお付き合いください。
例えば、月額賃料(管理費含む)10万円の物件を借りる場合、一般的には以下の初期費用(実質)が発生します。
【初期費用概算】
・前払い賃料等:5万円(現住居と半月重なったと仮定)
・敷金:10万円
・礼金:10万円
・保証委託料:10万円
・仲介手数料:11万円
・その他雑費:3~7万円
・引越し代:0円(3~4万円ですが、現住居の敷金返還と相殺を想定)
上記合計:約50万円(49~53万円)
また、マンション・アパートを借りる場合、サラリーマンであれば給料の20~30%ぐらいの月額賃料(管理費・共益費含む)の物件を選びます。間を取って25%と仮定すると、10万円の物件なら月収40万円の給与所得となります。
しかし、厚生年金や社会保険料、源泉徴収として30%くらい差し引かれますので、月収40万円の人の手取り額は28万円前後となります。そこから諸々の生活費を支払います。
よく貯金に関して「手取り額の10~20%くらいを貯金しましょう」と書いてありますが、ちゃんと守った場合は毎月2.8~5.6万円が貯金できます。
前置きが長くなりましたが、50万円の初期費用を貯めるには、手取りの10%を貯金して約18か月分、頑張って手取り20%を貯金しても約9か月分を全額つぎ込むことになりますので、礼金10万円の有無というのはとても大きな要素になります。
礼金なしのメリット
では、本題に入ります。礼金を無にすることで得られる最大のメリットは「早期成約に繋がること」ですが、その要因は「競合物件との差別化」と「物件検索時のヒット率アップ」です。具体的なデータをもとにお伝えします。
競合物件との差別化
賃貸募集の情報サイト「SUUMO」では、「品川区」のみチェックして無条件で検索すると14,030件でした。(本記事の執筆時)
そして、「礼金なし」にチェックするだけで5,727件(40.8%)となり、約60%の競合が排除されることになります。
物件の価格帯や地域により差はありますが、私の経験上では礼金なしは50%くらいの場合が多く、競合物件の50%以上に差別化を図ることができます。
物件検索時のヒット率アップ
検索したときに表示されなければ競争の土俵に上がることもできないので、「どうすればインターネットで検索した際にヒット率を高められるか」は非常に重要なポイントです。
SUUMOには便利な機能があり、募集している物件の
①検索でヒットして一覧に表示された回数
②ヒットした一覧から詳細画面に移行した数
といったデータが確認できます。
品川区のある物件で、礼金1か月で募集した1週間のデータと、同物件の礼金をゼロに変更した1週間のデータを比較しました。
【礼金1か月】
①表示回数:73回
②詳細閲覧数:9回
【礼金なし】
①表示回数:130回
②詳細閲覧数:19回
表示回数は約1.8倍、詳細閲覧数は2倍以上に増加しました。簡略的に考えると、詳細閲覧した人から問い合わせ・内見・成約に至るため、その確率が2倍になったと考えられます。もし最初から「礼金なし」で募集していたら数値はもっと伸びた可能性もあります。
礼金有無を検討するための流れ
では、礼金をゼロにすれば必ず効果があるかというと、そうではありません。空室対策には順番があります。
募集できる室内状況なのか確認する
長期間の空室物件だとたまにありますが、
・室内の壁紙や水回りがボロボロで、室内が汚い
・排水トラップの封水が切れて汚臭が充満している
・虫の死骸が大量に転がっている
といった状況だと、内見に来ても成約に至ることはほとんどありません。
まずは状況をチェックして、内見者が不快に思わない室内状況にしましょう。
賃料設定が相場とかけ離れていないか確認する
時折、明らかに周辺相場とかけ離れた賃料設定をしているケースを見かけます。賃料設定についてはこちらの記事で紹介しています。
賃貸物件の賃料設定
まずは損失やお金を出さず、できることはないか考える
代表的な方法をこちらの記事の後半で記載していますが、方法が多岐に渡りますので、物件によって検討していく必要があります。
築古物件の空室対策に必要なことは?
少額のリフォーム費用で機能性を向上させる
例えば、使いづらい間取りや設備配置になっていることがありますが、少しの知恵とリフォームで改善できる場合があります。2つほど例を紹介します。
①冷蔵庫置場がない
キッチンスペースに冷蔵庫置場がなく、居室に冷蔵庫を置かなければいけないことがネックでしたが、このような簡易的なリフォームで成約に結び付きました。
②シューズボックスがない
シューズボックスがない、または小さすぎて全く靴が置けないというケースはよくあります。
最近ではこのようなシューズボックス代わりになる突っ張り棒も発売されており、アイデア次第でリフォームを行わなくても問題点を改善することが可能です。
ここで初めて礼金有無を考える
ここまで状況を整えてから、初めて礼金をゼロにすることで早期成約に繋がります。
イメージとして、果物の実がならないときに、問題は土なのか、肥料なのか、日当たりなのか、根っこなのか・・・と根本の問題を見つけて改善することが重要です。
本記事を執筆した少し前、全て適切に行っても1か月間決まらなかった物件を礼金ゼロにしたところ、変更した8日後に申込が入りました。
合理的な決断をするために必要な考え方
最後に、礼金有無を決断するために必要な視点を3つご紹介します。
①費用対効果
全ての空室対策で言えることですが、
・いくらの支出・損失に対してどのくらいの効果的なのか
・同じ支出・損失であればどちらの方が効果的なのか
を考えることが重要です。
例えば、賃料10万円の物件の礼金をゼロにした場合は10万円の損失と考えられますが、その10万円の損失と、10万円のリフォームを行う場合では、どちらの方が効果的かを考える必要があります。
②空室損との比較
前記の例では10万円の損失ですが、もし3か月間も空室期間が続くのであれば、礼金をゼロにして1か月で決まった方が、「3か月空室>2か月空室(1か月空室+1か月損失)」と損失が抑えられるため、礼金をゼロにした方が合理的と考えられます。
③時期による戦略
募集する時期が2月と7月の場合、どちらも同じ戦略で良いという訳ではありません。
2~3月は一番の繁忙期なので礼金あり、7~8月は閑散期なので礼金なしなど、市場の動向に合わせて適切な戦略を取ることも重要になります。
最後に
今回は礼金についてお伝えしましたが、特に長らく賃貸経営されてきた不動産オーナー様にとっては、抵抗感が強いと思います。
しかし、今から約20年前の西暦2000年になった頃、まさか携帯電話(スマートフォン)で何でもできる時代が来るなんて誰が想像したでしょうか。
時代のとんでもなく早い動きは、賃貸業界にも影響を及ぼしています。時代に合わせて柔軟に変化していくことが、今後の更なる荒波も超えていく賃貸経営に繋がると思います。
ご愛読いただきありがとうございました。