家主にとって賃貸トラブルは少ない方が良いのは当然で、それを実現するための手法が「定期借家契約(定期建物賃貸借契約)」の採用です。
主に賃貸トラブルの原因は契約者や入居者といった「人」に起因することが多く、定期借家契約を事前に説明することで不良入居者はそもそも契約することがなく、未然防止に繋がります。しかし、それでも100%防げる訳ではなく、入居前には全く問題ない人でも入居後何年か経過してから段々変わっていってしまうこともあります。
私が経験したケースで「定期借家契約にしておいて良かった」と思えた事例の2つ目を紹介したいと思います。
東京都目黒区の単身用賃貸マンションで、勤め先もしっかりしていて礼儀正しい男性(以後、「Aさん」とします。)が入居されました。全く問題なく何年もお住まいいただいたのですが、突然その賃貸マンションの家主さんから「込み入った相談をしたいのですが時間をもらえないか」とのことで急遽訪問しました。
事情をお聞きすると、以下のようなことがあったそうです。
家主さんはマンション最上階にお住まいでしたが、深夜に騒がしくて目を覚ますと、警察や消防が建物を取り囲み、消防隊が二連梯子を掛けてAさん宅の窓ガラスを割って侵入しようとしているのを目撃しました。急いで下りて行って消防隊に家主であることを伝え、事情を聴くと、「中でAさんが倒れているかもしれないから確認してほしい」と通報があり、駆け付けたようでした。
窓ガラスを割らなくても鍵の保管があることを伝えて、Aさん宅の玄関前まで行くと、見知らぬ女性が立っていました。どなたか尋ねると「Aの彼女です。電話の様子がおかしくて、その後かけなおしても全く出ないので、もしやと思って通報しました。」とのことでした。
そして、家主が鍵を開けて消防隊や警察が宅内に入ると、Aさんがいました。家主さんが事情を聴くために玄関まで来ると、突然Aさんとその女性が取っ組み合いになって喧嘩が始まり、女性は「この野郎っ!!!」「殺してやる!!!」と叫んでいたそうです。
その場にいた全員で二人を引き剥がし、それぞれに事情を聴いたところ、Aさんと彼女は同棲していたようですが、Aさんは彼女に別れを告げて出て行ってもらったそうです。しかし、彼女が何度も電話して来たり、Aさん宅に訪問して来たりとしつこかったため、二度と近寄らないように言ったら今回の事件が発生してしまったとのことでした。
警察立会のもとで二度と物件には立ち入りしないことを彼女に約束させ、消防隊や警察も帰っていきました。家主は胸をなでおろして自宅の最上階へ戻ろうとしたとき、何世帯かの住民は不安そうに一連の流れを見聞きしていたようでした。
翌日、住民から様々質問が来たそうですが、決して殺人事件や殺人未遂などの重大なものではないことを説明し、理解してもらったようです。
翌日、Aさんに一連のことについて再発しないように今後気を付けるよう注意したところ、
「じゃあ他人は一日も寝泊まりさせちゃいけないってことですか!?」
「警察が来たのはあいつが勝手に呼んだだけで、何か悪いことしましたか!?」
と、とても反抗的な態度だったようでした。
そして、私への相談内容というのは、このような事件があればもう信用して賃貸することはできないので、定期借家契約の満期で退去してもらいたいというものでした。
私はこれまで家賃滞納がなく、常習的に近隣へ迷惑を掛けていた訳ではないので、確かに今回の出来事や同棲、反抗的な態度は良いことではないですが、本人も感情的になっていた可能性も高いため、今後の様子を見てから判断した方がいいのではないか、と回答しました。
家主も一通り話したことで少し気持ちが楽になったようで、「では、様子を見ながら満期の半年前までに通知を出すか検討します」とのことでした。
※定期借家契約の契約満了で契約終了させる場合、貸主または貸主の代理人から契約満了日の半年前から1年前までの間に契約が終了する旨を借主に対して通知しなければいけません。
契約満了の半年前に差し掛かった頃に家主さんへ連絡を取りましたが、契約満了での退去はさせない方向で考えているとのことで、事なきを得たかに思えました。
しかし、契約満了の1か月前に家主さんから連絡があり、「やっぱり退去させてほしいが可能か?」とのことでした。事情を聴きに伺うと、その後も女性物の洋服や下着がバルコニーに干されていたり、先の彼女宛の段ボールが玄関前に置かれていたり、反省している様子がなかったようでした。
その他にも様々鬱憤が溜まっているようで、それであれば信頼関係を基に賃貸借契約を継続することが困難と判断し、退去を求めることにしました。
ここで一つ疑問に上がるのは、期間満了の半年前を過ぎた後、通知を出して契約を終了させることができるのか?ということです。
答えは・・・出来ます。
平成21年3月19日の東京地方裁判所の判決によると、代替物件を探すための必要な期間を確保するために注意喚起することが趣旨となり、契約満期の半年前を過ぎた場合の他、契約満期を過ぎた後でさえも通知してから半年後に契約を終了させることができます。
法律に詳しい方だったので多少の問答は生じましたが、最終的には期日通り退去して明け渡していただくことができました。
このケースでも普通借家契約であれば、退去していただくのは非常に難航したと予想され、Aさんの知識量からも裁判になっていた可能性があります。定期借家契約にしていたからこそ円滑に進めることができました。
トラブルが発生しないように未然防止することはもちろん、万が一発生してしまった際のリスクヘッジも非常に重要です。空いた部屋から募集する度に定期借家契約へ切り替えていけば、より健全な賃貸経営の実現に繋がります。
ご愛読いただきありがとうございました。