賃貸経営や賃貸管理をしていると、稀に入居者と突然連絡が取れなくなることがあります。
入居者が長期間不在となり、家賃も支払われず、室内には家具や家電が残されている。
このような状況では、
「もう戻ってこないのではないか」
「親族が了承しているなら処分してもよいのではないか」
と考えてしまうことがあります。
しかし、賃借人本人の所有物を、大家や管理会社が独自の判断で処分することには大きな法的リスクがあります。
今回は、令和2年2月18日の東京地方裁判所の裁判例をもとに、入居者と連絡が取れなくなった場合の注意点について解説します。
本記事は、当社YouTubeチャンネルで公開している
「連絡取れず勝手に家財処分→裁判の結果は?」
という動画の内容を、文字で整理したものです。
入居者が逮捕・勾留されて連絡不能に
今回の事例では、平成29年2月10日、賃借人が逮捕され、そのまま勾留されました。
その結果、大家は賃借人と連絡を取れなくなり、緊急連絡先(連帯保証人ではない)として登録されていた賃借人の母親へ連絡しました。
大家からは、2つの選択肢を提示しました。
① 代わりに家賃を支払ってほしい
② 支払えないのであれば、室内の家財を預かってほしい
母親は「すべてお任せします」と回答
母親は大家に対して、「自分が保証人である」と称して、「今回のことについては、すべてお任せします」という趣旨の連絡をしました。
大家は、この母親の了承をもとに、4月10日に室内の家財を処分しました。
釈放されて戻ったら家財がなくなっていた
賃借人は5月1日に執行猶予付きの判決を受け、釈放されました。
自宅へ戻ってみると、室内にあった家具や生活用品などがなくなっていました。
大家に連絡すると、「母親から一任されたので、家財を処分しました」と説明し、家財に対する補償として10万円を支払いました。
また、ノートパソコンは保管していたようで、本人へ返却しました。
しかし、賃借人からすれば、自分の所有物を本人の承諾なく処分されたことになります。
賃借人は大家に対して損害賠償と慰謝料を求める訴訟を提起しました。
裁判所は「母親に処分権限はなかった」と判断
大家は裁判で、「母親の承諾を得て処分した」という趣旨の主張をしました。
しかし裁判所は、賃借人本人が母親に対して、「室内の家財を処分してよい」という権限を与えていたとは認めませんでした。
つまり、母親が緊急連絡先として登録されていたとしても、本人の家財について自由に処分できる権限まで持っていたわけではありません。
そのため、大家が家財を処分した行為について、裁判所は不法行為に当たると判断しました。
家財の損害は10万円の支払いで補償済み
次に問題となったのが、実際に処分された家財の損害額です。
裁判では、処分された家財について再調達価格などを踏まえて評価した結果、損害額は9万円強と認定されました。
大家はすでに10万円を支払っていたので、家具や生活用品そのものについての財産的損害は、すでに補償されていると判断されました。
それでも慰謝料30万円は認められた
賃借人は、自分の意思に反して生活用品を一方的に処分されています。
そのため、再び日用品などを購入しなければならず、時間や手間も必要になります。
裁判所は、このような精神的な負担や一連の経緯を考慮し、大家に対して30万円の慰謝料を支払うよう命じました。
つまり、「処分した物の代金を払えば、それで終わり」ではないということです。
この問題のポイントは「自力救済」
今回の裁判例は、まさに「自力救済」の典型例といえます。
例えば、
入居者が家賃を滞納している
長期間連絡が取れない
契約違反を是正しない
といった状況であっても、大家が独自の判断で、鍵を交換したり、室内の荷物を処分したりすることはできません。
本来は、法的な手続きに則って賃貸借契約を終了させ、必要に応じて建物明渡請求などの法的手続きで解決させなければいけません。
連帯保証人でも家財を自由に処分できるわけではない
今回の母親は連帯保証人ではありませんでした。
では、もし連帯保証人だったら家財を処分できたのでしょうか。
これも原則として不可です。
連帯保証人は、例えば賃借人が賃料を支払わなかった場合に、保証契約の範囲でその債務を負担する立場です。
しかし、「賃料債務を保証する権限」と「賃借人の家財を処分する権限」は同じではありません。
室内に残された家具や家電は、あくまで賃借人本人の所有物です。
そのため、連帯保証人が了承したからといって、それだけで自由に処分できるとは限りません。(実際には、連帯保証人の同意で処分しているケースは少なくありませんが…)
契約書に「残置物を処分できる」と書けば大丈夫?
賃貸借契約書の中には、
「一定期間連絡が取れない場合には契約を解除できる」
「契約終了後に残された物については大家が処分できる」
といった条項が記載されていることがあります。
しかし、このような条項があれば、家財を処分できる訳ではありません。
そのため、契約書に書いてあるからという理由だけで、大家や管理会社が独自に残置物処分へ進むのは危険です。
保証会社の利用でトラブル防止
現在では、賃貸借契約の際に家賃保証会社へ加入してもらうケースが一般的です。
保証会社へ加入していれば、入居者が逮捕されて連絡不能になったとしても、契約内容の範囲で一定期間の未払い賃料について保証を受けられる場合があります。
さらに、原則として3か月分以上の滞納があれば、
督促→契約解除通知→建物明渡請求訴訟→強制執行
と法的手続きを保証会社が費用負担して進めてくれます。(保証範囲外になっている契約もあるので注意しましょう)
つまり、「家賃が入ってこないから、早く部屋を空にしなければならない」という大家の焦りを小さくすることができます。
まとめ|連絡不能でも勝手に家財を処分しない
今回の東京地裁の裁判例では、逮捕・勾留によって連絡が取れなくなった賃借人について、母親の了承を得た大家が室内の家財を処分しました。
しかし、母親には本人の家財を処分する権限が認められず、大家の行為は不法行為と判断されました。
家財そのものの損害については事前に支払った10万円で補償済みとされましたが、別途、30万円の慰謝料が認められています。
この裁判例から分かる重要なポイントは、
「本人と連絡が取れない」
「親族が了承している」
「家賃も支払われていない」
という事情があったとしても、それだけで大家が本人の所有物を自由に処分できるわけではないということです。
特に、逮捕、入院、行方不明など、通常とは異なる事情で突然連絡が取れなくなると、大家さんや管理会社側も判断を急いでしまいがちです。
しかし、このようなときこそ自分たちだけで結論を出さず、保証会社や弁護士などへ相談しながら、適切な手続きを進めることが重要です。
不用意に鍵を交換したり家財を処分したりすると、今回のように慰謝料や損害賠償だけでなく、訴訟対応や弁護士費用まで発生する可能性があります。
「もう戻ってこないだろう」と推測して処分するのではなく、本人の権利を確認しながら法的な手続きを踏むことを守りましょう。
ちなみに、私は逮捕の対応は未経験ですが、措置入院(自他に加害の恐れがある方を強制入院させる措置)で連絡不通となった賃借人はいましたが、保証会社が保証してくれたので事なきを得ました。
最終的に入院先でお亡くなりになってしまい、相続人に対処してもらい明け渡してもらいましたが・・・
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


