賃貸物件では、漏水や設備故障などによって、室内の一部が使用できなくなることがあります。
そのようなとき、借主から、「部屋(設備)を一部使えないので家賃を下げてください」と求められることがあります。
オーナーと借主が合意の上で家賃を下げる分には何ら問題はありません。
一方で、借主が自分の勝手な判断で家賃を半額にして支払ってきた場合、その不足分(半額)を賃料滞納として扱い、最終的に賃貸借契約を解除することはできるのでしょうか。
今回は、漏水事故後に借主が賃料を約半額まで減額して支払い続けたことが問題となった、令和3年2月26日の東京地方裁判所の裁判例をもとに解説します。
本記事は、当社YouTubeチャンネルで公開している
「契約書の面積より狭かった場合は賃料減額? 」
という動画の内容を、文字で整理したものです。
上階からの漏水で天井が落下
今回の事例では、令和元年7月16日、上階から漏水が発生しました。
漏水によって、借主が使用していた部屋の天井の一部が落下するなど、かなり大きな被害が発生しました。
その後、約1か月後に上階の漏水原因は修繕によって解消されました。
次に、オーナーは借主に破損した天井を修理したいと要望しましたが、借主は修繕工事に非協力的で、工事を進められませんでした。
さらに、借主は8月17日に「この物件は漏水によって事故物件になった」と主張するようになりました。
さらに9月分の賃料からは、借主は勝手に約半額まで減らし、オーナーへ支払うようになりました。
その状態が長期間続いたため、漏水事故からおおむね1年が経過した令和2年7月6日にオーナーは借主に勝手に減額した分の支払いを督促し、支払わなければ賃貸借契約を解除する旨を通知しました。
しかし、それでも支払いがなかったため、訴訟へ発展しました。
借主は「対抗措置だった」と主張
裁判で借主側は、いくつかの主張をしています。
まず、漏水事故によって事故物件になったとして賃料の減額を求めたが、オーナーが取り合わなかったから一部を減額したと主張しました。
しかし、裁判所は、オーナーと借主の間で「賃料を半額にする」という合意は成立しておらず、借主が一方的に独断で減額していたことから、この主張は認められませんでした。
「耐用年数を超えたユニットバスが原因」という主張
借主はさらに、「上階では耐用年数を超えたユニットバスが使用されており、それを交換しなかったオーナーには管理上の義務違反がある」という主張もしました。
しかし、この点についても裁判所は認めませんでした。
賃貸借契約上、「一定の年数が経過したらユニットバスを交換する」といった約束がされていたわけではありません。
設備には一般的な耐用年数などがありますが、耐用年数を超えたという事実だけで、直ちに設備を交換しなければいけない訳ではありません。
「建物が倒壊する危険があった」という主張も認められず
さらに借主は、「天井が落下しており、建物自体が倒壊する危険もあった」という主張もしました。
しかし、借主はその後も部屋に居住し続けていたことから、この主張についても認められませんでした。
結果は借主に対する「明渡し」と各種支払い命令
最終的には、オーナー側に有利な判断となりました。
借主に対しては、建物を明け渡すことに加えて、
・減額して支払わなかった未払い賃料
・未払い賃料に対する遅延損害金
・契約解除後に居住していた期間の使用料
などの支払いが命じられました。
この裁判例だけを見ると、「借主が勝手に家賃を減額したら、その不足分は賃料滞納となり、契約解除できる」という結論に見えます。
しかし、現在同じ問題を考える場合には、非常に重要な注意点があります。
現在は民法611条の考え方が変わっている
令和2年4月に施行された改正民法によって、賃借物の一部が使用できなくなった場合の賃料減額について変更されました。
【改正前】(賃貸物の一部滅失による賃料の減額請求等)
賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
【改正後】(賃貸物の一部滅失等による賃料の減額等)
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
一見同じように見えますが、大きく違うポイントは以下の2つです。
①滅失のみ→使用及び収益をすることができなくなった場合
改正前は「滅失」のみでしたが、改正後は範囲が広がったことで、以下のような「使用できない場合」も減額の対象となりました。
漏水によって部屋の一部を使用できない
設備故障で水道が使えない
給湯器が故障してお湯が使えない
オーナー設備のエアコンが使用できない
②請求→当然に減額
改正前は「借主が賃料減額を請求して、オーナーが認めて合意が成立したら減額される」というルールでした。
しかし、改正後は請求が要件ではなくなり、「使用できなくなった部分の割合に応じて(当然に)減額される」というルールになりました。
つまり現在では、「オーナーが同意していないから、賃料を1円でも減らしたら滞納になる」とは言えないことになりました。
現在は借主が勝手に半額にしてもよいのか
ここが最も重要なポイントです。
現在の民法で一定の場合に賃料が当然に減額されるとしても、借主が好きな金額まで自由に減額できるという意味ではありません。
減額されるのは、あくまで使用・収益できなくなった部分の割合に応じた相当な範囲です。
例えば、月額賃料10万円の部屋について、設備の一部が使用できなくなり、本来の適切な減額が月1万円だったとします。
ところが借主が、「不便なので5万円しか払いません」として毎月5万円を減額していた場合、本来認められる1万円を超える4万円については、未払い賃料と評価されると考えられます。
これが8か月続けば「4万円×8か月=32万円」となり、契約解除が可能と言われている賃料3か月分を超えることになります。
賃料減額の目安となる資料
しかし、「使用・収益できなくなった部分の割合」というのは曖昧な表現で、実際にどのような場面でどのくらい減額するのが適切かは判断が難しいのが実情です。
それらを考える上で、参考となる資料は公益財団法人日本賃貸住宅管理協会の公表する「貸室・設備の不具合による賃料減額ガイドライン」です。
例えば、水道が使えない場合は、修繕に必要な免責期間は2日間として、それを超えて使えない状況が続く場合は、月額30%を減額(日割り計算)とするのが妥当と示されています。
最終的には裁判で決定されるものではありますが、最初の交渉段階ではとても参考になる資料であることは間違いありません。
まとめ|適正な減額を超えた部分は賃料滞納になる可能性がある
今回ご紹介した東京地方裁判所の裁判例では、漏水事故の後、借主がオーナーとの合意なく賃料を約半額まで減額して支払い続けました。
その結果、不足賃料の支払いが命じられ、最終的には建物の明渡しも認められました。
一方、現在は改正民法611条により、借主の責任ではない事情で賃借物の一部が使用・収益できなくなった場合には、その割合に応じて賃料が当然に減額される仕組みになっています。
そのため、「借主が一方的に賃料を減らしたから、全額が滞納になる」とは限りません。
重要なのは「本来いくら減額されるのが適切なのか」という点です。
例えば、適切な減額額が1万円なのに5万円を減額しているのであれば、差額4万円については未払い賃料となる可能性があります。
その状態が長期間続き、不足額が積み上がれば、最終的に契約解除へつながることも考えられます。
したがって、漏水や設備故障によって借主から家賃を減額された場合には、「勝手に減額されたから直ちに解除する」のでも、「借主が言う金額をそのまま認める」のでもなく、まず適正な賃料減額を整理することが重要です。
そして、不具合の程度や使用不能期間を確認したうえで、オーナーと借主の間で早めに金額を協議し、記録に残しておくことが、後々の大きなトラブルを防ぐことにつながります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


