賃貸物件の退去時に、よく問題となるのが壁紙(クロス)の張り替え費用です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、クロスについて、経過年数6年で残存価値が1円となる考え方が示されています。
そのため、
「6年以上住んでいれば、クロスをどれだけ汚したり傷つけたりしても、借主にはほとんど請求できない」
と思われている方も少なくありません。
しかし、必ずしもそうとは限りません。
借主の善管注意義務違反によって、クロスが通常損耗の範囲を大きく超えて損傷し、使用不能となったような場合には、6年を超えていても張り替え費用の一定額を借主へ負担してもらえる余地があります。
今回は、平成28年の東京地方裁判所の裁判例を基に、この点について解説します。
本記事は、当社YouTubeチャンネルで公開している
「6年超えてもクロス張替え費用は請求できる?」
という動画の内容を、文字で整理したものです。
クロスの残存価値は6年でほぼゼロになる
まず、原状回復の基本的な考え方を確認します。
クロスやクッションフロアなどについては、ガイドライン上、経過年数を考慮して借主の負担割合を算定します。
クロスの場合、6年が経過すると残存価値が1円になるという考え方が示されています。
これは、通常の使用によって時間とともに価値が減少していくことを踏まえたものです。
例えば、新品のクロスが入居から6年以上経過し、日焼けや通常の生活による多少の汚れが生じていたとしても、その張り替え費用を借主へそのまま請求することは難しくなります。
しかし、この「6年」という基準は、「借主がどのような使い方をしても、6年を超えれば一切負担しなくてよい」という意味ではありません。
8年間居住した借主のクロスが問題となった裁判例
今回紹介する事例では、借主が約8年間居住していました。
退去後に室内を確認すると、クロスが著しく損傷していました。
オーナー側は、クロスを含む原状回復費用を敷金から差し引きましたが、敷金だけでは足りず、不足分を請求しました。
しかし、借主側からは、追加費用を支払うのではなく、「敷金から差し引かれた金額を返還してほしい」として訴訟を提起されてしまいました。
善管注意義務違反があるとしてクロス費用の負担を認めた
裁判所は、仮に耐用年数(6年)を経過していても、借主が善管注意義務を尽くしていれば、張り替えは必須ではなかったと判断し、台所のクロスの張り替え費用のうち半額の負担を認めました。
つまり、「8年間住んでいるためクロスの残存価値はほぼない。したがって借主負担はゼロ」とは判断されなかったということです。
ガイドラインにも「経過年数だけでは判断しない」考え方がある
この考え方は、裁判例だけのものではありません。
国土交通省の原状回復ガイドラインでも、借主の故意・過失や善管注意義務違反などによって損耗が発生した場合には、単純に経過年数だけで処理できない場合があることが示されています。
経過年数を超えた設備等であっても(中略)賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。
例えば、善管注意義務違反に該当する一例としては、次のようなケースが考えられます。
壁への大量の落書き
禁煙物件で喫煙を続け、クロスに著しいヤニ汚れや臭いが付着した
ペットによる多数の引っかき傷
請求金額にも限りがある
今回の事例では、オーナー側が原状回復費用として全体で約34万円を主張していました。
そのうち、裁判所が認めた部分は約17万円で、さらにその半額である約8.5万円を借主負担とする判断でした。
つまり、オーナーが実際に負担した費用や主張した金額が、そのまま全額認められたわけではありません。
借主の責任の程度、クロスの状態、入居年数、通常損耗との区別などを踏まえて、請求できる範囲が限定されたと考える必要があります。
入居前・退去時には写真と原因の記録が重要
実際に借主へ原状回復費用を請求するためには、「クロスがひどかった」と言うだけでは十分ではありません。
退去時には、入居前の記録に加えて、損傷箇所の状況や範囲の分かる写真を残しておくことが重要です。
6年以上経過したクロスについて請求する場合には、通常損耗ではなく、借主の故意・過失や善管注意義務違反による損傷であることを、より丁寧に説明する必要があります。
まとめ|6年超でもクロス費用を請求できる余地はある
クロスについては、原状回復ガイドライン上、6年で残存価値がほぼゼロになるという考え方があります。
しかし、6年を超えたら、どのような状態でも借主へ一切請求できないという意味ではありません。
借主の善管注意義務違反などによって通常損耗を大きく超える傷や汚れが発生し、クロスが使用不能となった場合には、張り替え費用の一定額を借主へ負担してもらえる余地があります。
実際に、約8年間居住していた借主について、クロス張り替え費用の一部負担を認めた東京地方裁判所の裁判例を紹介しました。
一方で、だからといって張り替え費用の全額を当然に請求できるわけでもありません。
重要なのは、「6年経過したかどうか」だけを見るのではなく、「なぜ張り替えが必要になったのか」を確認することです。
通常損耗なのか、借主の故意・過失や善管注意義務違反によるものなのかを区別し、写真や入居前の記録を基に、適切な負担割合を検討することが重要です。
原状回復費用の精算を行う際には、「6年経過=請求不可」と諦めるのではなく、室内の状態と損傷の原因を確認したうえで対応していきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


