近年は固定資産税や建築費の高騰をはじめ、各種物価の高騰により、賃料を増額していくケースが増えてきています。
空室を募集する際の賃料を上げる分には何ら問題はありませんが、すでに賃貸借契約を締結して入居している賃借人に対して賃料の増額を求めるのは簡単ではなく、中には裁判に至ってしまうケースもあります。
賃料増額交渉を考える大家さんやその最初の窓口を依頼される賃貸管理会社としては知っておきたい賃料増額交渉の流れや要所について解説します。
本記事は、当社YouTubeチャンネルで公開している
「賃料増額請求」
という動画の内容を、文字で整理したものです。
賃料増額請求の全体的な流れ
賃料増額請求において、最初に行うのは交渉です。
ここで双方が合意できれば、それで話はまとまります。
しかし、実務上は、簡単に合意に至らないケースも少なくありません。
その場合、大家さんとして「適正な賃料水準まで引き上げたい」と考えるのであれば、次の段階へ進むことになります。
継続賃料の鑑定評価
交渉がまとまらない場合、次に行うのが不動産鑑定士による鑑定評価です。
実際には、弁護士に委任すると思いますが、その場合は弁護士から鑑定評価の依頼を求められます。
「現在の賃料はいくらが妥当なのか」「どの程度の増額が相当なのか」について、専門家の判断を示す鑑定評価書を取得します。
調停・訴訟
その後、いきなり訴訟を提起するのではなく、まず調停へと進みます。
そして、調停でも話がまとまらなかった場合に、最終的に訴訟を提起し、裁判へと進むことになります。
新規賃料と継続賃料の違い
管理会社が大家さんからご相談を受ける際によくあるのが、
「隣の部屋がこの家賃で決まったから、今の入居者の家賃もそこまで上げてほしい」
「近くの類似建物がこの金額で決まっているので、うちも同じ水準にしたい」
といった内容です。
しかし、これらの考え方は、調停や裁判に進んだ場合には、あまり有利な主張とはなりません。
これらはすべて、「新規賃料」の考え方に基づいています。
新規賃料とは、空室になった場合に募集を行い、賃貸市場でどの程度の賃料で成約するか、という概念です。
一方、既に契約している借主の賃料を変更する場合には、「継続賃料」という概念が用いられます。
継続賃料では、新規契約時の経緯や、これまでの経過事情、契約が継続していることを前提に、現時点でいくらの賃料が妥当なのかを判断します。
このため、新規募集時の賃料と、既存の借主に対する賃料増額は、全く別物として考える必要があります。
継続賃料の鑑定評価に伴う費用感
継続賃料の鑑定評価は、実務上、費用が高額になるケースが多いのが特徴です。
鑑定士や物件の内容にもよりますが、私の経験上、50万円未満で引き受けてくれる鑑定士は少なく、60万円〜80万円程度の費用は掛かっても違和感がありません。
これは、単に相場を当てはめるのではなく、さまざまな事情を総合的に判断する必要があるためです。
調停前置主義
賃料の増減額請求には、調停前置主義(ぜんちしゅぎ)という考え方があります。
これは、いきなり訴訟を提起することはできず、必ず先に調停を経なければならないというルールです。
そのため、鑑定評価書を基に、まず調停を申し立て、調停委員を交えて話し合いを行うことになります。
調停の場では、調停委員が「このあたりが妥当ではないか」といった形で落としどころを提示してくれます。
実務上、この調停段階で話がまとまるケースも決して少なくありません。
訴訟
訴訟に至ると、まず大家さん側の鑑定評価書が提出されます。
その後、借主側も鑑定評価書を提出することが多く、これらを当事者鑑定といいます。
ちなみに、当事者鑑定の額には両者に大きな差が生じる場合が多いです。
鑑定評価はどの指標をどのくらい考慮するかによって金額が大きく変動します。
つまり、オーナーからの依頼があればオーナーの立場に寄せて鑑定を行い、借主から依頼があれば借主の立場に寄せた鑑定を行うからです。
その意味では、それぞれの弁護を行う弁護士に近いかもしれません。
そして、両者の差が大きい場合は、裁判所が独自に依頼する「裁判所鑑定」が行われます。
当事者鑑定や裁判所鑑定の費用、弁護士費用などを考慮すると、賃料増額請求で裁判に至った場合は100万円を超えるケースも珍しくありません。
そのため、本当にそこまでの費用をかけて、期待できる賃料を上げる合理性があるのかを、事前に十分検討する必要があります。
裁判中の賃料支払いと差額精算
ちなみに、オーナーから賃料増額請求を行った場合、借主は増額請求額ではなく、相当と考える額を支払えば良いことになっていますので、実際には従来どおりの賃料を支払い続けるケースが多く見られます。
そして、最終的に判決で賃料増額が確定した場合には、それまでの賃料との差額を遡って支払う必要があります。
この差額には、年10%の利息が付されるため、借主側にとっても決して軽い負担ではありません。
余談ですが、増額請求したにも関わらず、従来よりも減額することになってしまう可能性もあります。
この場合、反対に借主から多く賃料をもらっていたことになりますので、その差額分は返金しなければいけません。この返金額に対しては、利息は付さなくて良いことになっています。
賃料増額請求の要所
ここまでお読みいただければ、
「訴訟に発展するのは避けた方が良さそうだな・・・」
「鑑定評価は高いので、交渉である程度賃料が上がれば良さそう」
と感じていただいた方も少なくないと思います。
私も同様に考えており、いかに当事者の交渉で落としどころを作るかがポイントとなります。
そこで、私が賃料増額交渉を行う場合に気を付けていることを紹介します。
対面で説明
他社を見ていると、いきなり「賃料増額(改定)通知書」といった書面を送付して、交渉を開始するケースを多く見掛けます。
書面だけでは攻撃的に受け取られてしまうことが多く、交渉がこじれる原因になりがちです。
実際に、とある調査データでは、通知だけでの賃料増額の成功率は50%を下回っています。
つまり、成功していないか、結局話し合いが設けられることになっています。
そのため、賃料増額の交渉では、いきなり書面を送るのではなく、できる限り対面で説明することが重要です。
ただ、相手方の都合もあると思いますので、状況に応じて電話やテレビ電話でも構いませんが、いずれにしてもリアルタイムで意思疎通を図ることが重要です。
根拠資料の提示
増額の理由や金額については、感覚的・抽象的な内容ではなく、客観的な根拠資料を示すことが不可欠です。
私が実務で用いている指標は以下となります。
① 「路線価」国税庁 路線価図・評価倍率表
https://www.rosenka.nta.go.jp/
② 「賃料統計データ」東京カンテイ 賃料推移
https://www.kantei.ne.jp/report/category/rent/
③ 「消費者物価指数」東京都の統計
https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/bukka/bk-index.htm
※最新情報内「統計表一覧」の第2表データの「持家の帰属家賃を除く住居」列を参照
④ 実際の成約事例
※建物名で検索すると、ホームズには「賃貸掲載履歴」が掲載されていることがあります。
※その他、近隣の類似物件の成約事例や、可能なら建物内事例を開示できる範囲で提示
なお、路線価や統計データを基準にすると増額幅が大きくなる傾向があります。
一方で、消費者物価指数は上昇率が控えめな傾向があります。
例えば、以下のような割合、または適度な増額金額になるよう割合を調整していきます。
路線価1:統計1:物価指数5:成約事例3
合理的金額から配慮で減額
上記の合理的な賃料水準を算出したうえで、「今までも良くお住まいいただいていましたし、これからも長くお住まいいただきたいと考えていますので」と配慮の感情をお伝えするとともに、合理的な賃料から一定程度ディスカウントした金額を提示します。
また、路線価が上昇しているということは、同じくらいの割合で固定資産税も増えていますし、近年は工事費や各種資材の費用も高騰しているので、維持費が増えていることも伝えた方が良いでしょう。
そして、「この内容で賃料の改定にご協力をお願いできないでしょうか」と低姿勢でお伝えすると、スムーズに話が進むケースも多くあります。
賃料増額の話でありながら、「丁寧に説明してくれてありがとうございました。ぜひ協力します。」と感謝の言葉とともにご了承をいただくことも少なくありません。
おわりに
賃料増額請求は、交渉から調停、訴訟に至るまで、時間・費用・労力がかかる手続です。
だからこそ、全体像と考え方を理解したうえで、初期段階から戦略的に進めることが重要になります。
今回のお話が、今後の賃貸経営や実務の判断に、少しでもお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。


