今回は、「賃料増額請求で失敗する典型例」について解説します。
賃貸経営では、物価上昇、修繕費の増加、固定資産税や管理コストの上昇などにより、既存入居者の賃料を見直したい場面があります。
一方で、今お住まいの入居者様には、できるだけ気持ちよく、長く住んでいただきたいという考えもあると思います。
そのため、賃料増額請求は、単に「家賃を上げたい」と通知すればよいものではありません。
進め方を間違えると、入居者様との関係が悪化し、交渉が難航、中には拒否されてしまう可能性があります。
今回は、賃料増額請求で失敗しやすい典型例と、入居者様に納得していただきやすい進め方についてお話しします。
本記事は、当社YouTubeチャンネルで公開している
「賃料増額請求で失敗する典型例とは?」
という動画の内容を、文字で整理したものです。
失敗例①|最初から書面で通知してしまう
賃料増額請求でよくある失敗例が、いきなり書面で通知してしまう方法です。
例えば、「諸般の事情により、次回更新時から賃料を〇万円に改定させていただきます。」という書面を突然送ってしまうケースです。
もちろん、書面で通知すること自体が常に悪いわけではありません。
しかし、最初の接触が書面だけになってしまうと、受け取った入居者様は、どうしても一方的で攻撃的な印象を受けやすくなります。
これは日常のコミュニケーションでも同じです。
口頭で冗談として言えば笑って終わるような言葉でも、LINEやメールなど文字だけで送られると、「怒っているのかな」「冷たいな」と感じることがあります。
賃料増額請求は、お金に関わる非常にデリケートな話です。
そのため、書面だけで伝えてしまうと、入居者様が身構えてしまう可能性が高くなります。
最初は対面・テレビ電話・電話で説明する
賃料増額請求を行う場合、最初はできる限り対面でお話しすることをおすすめします。
難しい場合は、テレビ電話でも構いません。それも難しい場合は、少なくとも電話で、口頭で説明する機会を作るべきです。
最初から書面だけを送るのではなく、まずは人として丁寧に説明することが重要です。
アポイントを取る際も、いきなり「賃料を増額したいのでお話しできますか」と伝えるのは避けた方がよいと思います。
例えば、「トラブルではないのですが、次回の更新に関することで、少し相談したいことがあります。一度お話しするお時間をいただけないでしょうか。」というように、オブラートに包んでお伝えします。
相手方から内容を聞かれた場合には、「次回更新時からの契約条件について、事前にご相談させていただきたい内容です。」と伝え、まずは話し合いの場を設けることが大切です。
失敗例②|根拠が不明確なままお願いしてしまう
次に多い失敗例が、賃料増額の根拠が不明確なままお願いしてしまうケースです。
よく使われる表現に「諸物価の高騰」があります。
もちろん、物価が上がっていることは事実です。
しかし、入居者様からすると、「物価が上がっているのは自分も同じです」と感じる可能性があります。
そのため、単に「物価が上がっているので賃料も上げます」という説明だけでは、納得していただきにくいのです。
重要なのは、正確な鑑定評価を行うことではありません。
もちろん、裁判や調停まで進む場合には、不動産鑑定士による鑑定評価が必要になることもあります。
しかし、通常の更新時の話し合いでは、「きちんと合理的に考えたうえで、今回のお願いをしている」ということを伝えることが大切です。
賃料増額の根拠として使いやすい資料
私が賃料増額の説明で参考にする資料としては、次のようなものがあります。
相続税路線価
まず、相続税路線価です。
【前記以前】路線価保管庫
※平成17年以前は国会図書館などで調査
相続税路線価と固定資産税路線価は、数値そのものは異なりますが、推移としてはある程度相関関係があります。
土地の評価が上がっていることを示す一つの資料として、参考にしやすいものです。
賃料相場の公表資料
次に、賃料相場の統計データです。
例えば、東京カンテイなどが公表している分譲マンション賃料の相場資料などを参考にしています。
公表されている資料を使うことで、個人的な感覚ではなく、市場全体の動きとして説明しやすくなります。
消費者物価指数
消費者物価指数も参考になります。
東京都などが公表している消費者物価指数を確認し、入居開始時点から現在までにどの程度上昇しているのかを計算します。
東京都の統計「東京の物価-東京都区部消費者物価指数-」
※最新年の「統計表一覧」にある「第2表 東京都区部消費者物価10大費目指数(年平均)」のエクセルデータを参照
※エクセルデータでは「持家の帰属家賃を除く住居」の列を参照
物価上昇を主張するのであれば、こうした客観的な資料を示すことが重要です。
類似物件・建物内の募集事例
類似物件の賃料も参考になります。
また、建物内で直近に成約した事例があれば、非常に参考になります。
ただし、ここで注意が必要です。
「隣の部屋はあなたより3割高く契約しています」というように、具体的な号室や他の入居者の契約内容をそのまま伝えることは避けるべきです。
その代わり、ホームズなどに掲載された過去の募集履歴を活用する方法があります。
建物名を検索すると、過去に何階の部屋がいくらで募集され、いつ頃掲載されていたかが確認できる場合があります。
そのような公開情報をもとに、「この建物では、直近の募集事例としてこの程度の水準になっています」と説明する方が自然です。
経年劣化も考慮する
賃料増額の根拠を集めると、相場上はかなり大きく上げられるように見えることがあります。
しかし、そこで注意したいのが、入居期間中の経年劣化です。
例えば、10年間お住まいいただいている場合、その間に設備や内装は10年分古くなっています。
市場相場が上がったとしても、現在入居中の部屋は、新しく募集しているリフォーム済みの部屋とは状態が異なります。
そのため、一定の経年劣化を考慮することが大切です。
一般的な考え方として、年1%程度ずつ賃料が下がるという感覚で調整することもあります。
もちろん、これは絶対的なルールではありませんが、相場上昇分だけを一方的に反映させるのではなく、長く住んでいただいていることや、設備の経年劣化も加味していることを示すと、入居者様にも納得していただきやすくなります。
最終的な提示額には配慮を加える
ここまでの数値を集めたら、路線価から消費者物価指数までは、新規契約時または前回の賃料改定時からの推移(上昇率)を算出し、現行の総賃料×上昇率を計算します。
類似事例はその平均値を算出します。
その後、前記で計算した基準値に対して、
路線価:10%
賃料相場:10%
消費者物価指数:30%
類似事例:50%
と按分し、その合計額に対して「(現行総賃料×経年劣化1%)×居住年数」を差し引きすることで、増額後のベースとなる総賃料を算出します。
しかし、後述する失敗例③の観点も考慮すると、相場上昇だけでその分増額できる訳でもありません。
中には、直近で成約した事例よりも高くなってしまうこともあります。
そのような場合には、「数値上はこのような金額になります。ただ、これまで長く気持ちよくお住まいいただいておりますし、今後もできれば長くお住まいいただきたいと考えています。その点を考慮して、この金額でお願いできないでしょうか。」と、そこから減額(目安は新規で成約した総賃料と現行総賃料との間くらいに設定)した金額を提示します。
大切なのは、単に金額を押し付けるのではなく、「根拠を示したうえで、入居者様の事情も考慮している」という姿勢を伝えることです。
失敗例3|新規賃料をそのまま請求してしまう
もう一つの典型的な失敗例が、新規賃料をそのまま請求してしまうことです。
例えば、
「隣の部屋がこの金額で決まったので、あなたの部屋も同じ金額にします。」
「近隣の似た物件がこの金額なので、同じ水準まで上げます。」
という説明です。
一見すると合理的に見えるかもしれません。
しかし、不動産鑑定の考え方では、新規賃料と継続賃料は別物です。
空室を新しく募集した場合に成約するであろう賃料は「新規賃料」です。
一方で、すでに契約中の入居者様の賃料を見直す場合に考える賃料は「継続賃料」です。
継続賃料では、当初契約時の事情、その後の賃料推移、物価や相場の変動、これまでの契約関係などを考慮する必要があります。
そのため、新規賃料をそのまま既存入居者様に請求するのは、交渉上あまり適切ではありません。
実務上も、継続賃料が新規賃料を上回ることは多くありません。
むしろ、新規賃料と現在賃料の中間を取るような考え方、いわゆる折半法(1/2法)に近い落としどころになることも多いです。
賃料増額の連絡をするタイミング
私の場合は、満期の6か月前には説明資料を作成して説明することがほとんどです。
まず対面や電話など、コミュニケーションが取れる状態でお話します。
対面であれば、その場で資料をお渡しし、テレビ電話や電話の場合には、後日資料をお届けします。
そして、更新の2か月前くらいに改めて確認を取り、その時点でご判断いただく流れにしています。
いきなり直前に通知するのではなく、余裕を持ってお伝えすることも重要です。
まとめ|賃料増額請求で大切なのは「納得感」
賃料増額請求で失敗する典型例は、次の3つです。
① 最初から書面だけで通知してしまう
② 根拠が不明確なままお願いしてしまう
③ 新規賃料をそのまま既存入居者様に請求してしまう
賃料増額請求は、単なる通知ではなく、入居者様との交渉です。
そして、交渉で大切なのは、相手に納得していただくことです。そのためには、以下のことを理解してもらうことが重要です。
なぜ増額をお願いするのか
どのような資料を根拠にしているのか
どのような計算をしたのか
経年劣化や入居期間をどう考慮したのか
最終的にいくらでお願いしたいのか
このように、最初から丁寧に説明し、客観的な根拠を示し、入居者様の事情にも配慮した形で進めることで、合意に至る可能性は大きく高まります。
賃貸オーナー様が賃料改定を検討する際には、ぜひ今回の内容を参考にしていただければと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


