前回は「約款解説:明渡しと原状回復」ということで、国土交通省のホームページで掲載されている「賃貸住宅標準契約書」を例として、第14条・第15条に記載されている物件の明渡しと原状回復について解説を行いました。
不動産業者でも契約約款に記載されている一文がどのような意味で、そのような場面のトラブルを抑止するために記載され、どのような場面で用いられるのかを理解していないケースが非常に多いため、実務をイメージして第16条の解説を行います。
第16条(立入り)
甲は、本物件の防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる。
2 乙は、正当な理由がある場合を除き、前項の規定に基づく甲の立入りを拒否することはできない。
3 本契約終了後において本物件を賃借しようとする者又は本物件を譲り受けようとする者が下見をするときは、甲及び下見をする者は、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる。
4 甲は、火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合においては、あらかじめ乙の承諾を得ることなく、本物件内に立ち入ることができる。この場合において、甲は、乙の不在時に立ち入ったときは、立入り後その旨を乙に通知しなければならない。
賃貸借が開始すると、当然ですが家主は貸している物件に簡単には立ち入ることができなくなってしまいます。もし正当な理由もなく無断で立ち入れば、「住居侵入罪」に該当することとなります。
ちなみに、よく「”不法侵入”で訴えてやる!」など一般的に「不法侵入」という言葉が使われていますが、不法侵入罪という罪はなく、正確には住居侵入罪に該当します。
そして、住居侵入罪は部屋に立ち入ることはもちろん、立ち入ろうとした未遂状態であっても罪になってしまいますが、賃貸の場合は大家さんが理由もなく立ち入ることは考え辛いため、実際には別の問題に該当することとなります。
大家さんが貸しているお部屋に立ち入るときというのは、主に「何かを直す=修繕」のときと、消防点検や漏水事故の確認といった「維持管理」のためですが、これらは貸主の義務である以上は正当な理由となりますので、住居侵入罪には当たらないです。
しかし、プライバシー保護の観点からすると、入居者に一報もなく立ち入る行為は配慮に欠けていると考えられるため、過去の判例で家主がエアコン修理のために連絡無しで立ち入り、「権利侵害行為に当たる」として保証金(敷金)の一部返還や慰謝料を認めた判例もあります。
契約条文というのはトラブル発生後の解決の指針として定められるものですが、それ以前に貸主と借主が双方内容を理解して行動すれば、問題になることはなく未然防止に繋がります。
国土交通省の公開している契約約款にこの条文が入っていることは驚きました。
内容としては、「居住中でも、内見したい人がいれば内見できる」というものですが、さすがに住居で人が住んでいるのに「内見させてほしい」とはお願いし辛いのが本音です。「承諾を得て」と書いてはありますが、少し強引なようにも感じます。
この条文を読んだ借主は良い気分をしないと思いますし、快く承諾が得られる可能性は低いため、削除してしまっても問題ないと思います。
では、もし居住中のお部屋に立ち入る事情があった場合はどのようにすればいいのでしょうか。
対象とする世帯数によって異なりますので、2パターンに分けてお伝えします。
(1)電話連絡
少数の場合は1世帯ずつ電話で事情を説明して、立ち入りをお願いします。また、なるべく入居者立会のもとで立ち入るよう最大限調整しましょう。
その際、「〇〇なので、立ち入らせてもらいます。〇日の午前中はいかがですか?」と強気に依頼するのは、その後の関係を悪化させるのでNGです。依頼する際のポイントは後述します。
(2)その他の手段で連絡
何度か電話しても繋がらず、折り返しも来ない場合はメールやショートメール、手紙、訪問といった様々な手段で連絡を取りましょう。重要なことは、「様々な手段で連絡を取ったという証拠・記録を残す」ことです。
(3)連帯保証人・緊急連絡先に連絡
全く連絡が繋がらない場合は安否確認も含めて連帯保証人・緊急連絡先などに連絡し、事情を伝えて普段連絡は取れているか、連絡を取ってもらえないか依頼しましょう。
最近はラインの普及で「ライン以外はほとんど見ない」という方もいるため、親族からラインを送ってもらって連絡が来たというケースもあります。
(4)立ち入る旨を連絡して立ち入り
それでも連絡が取れず、物件の維持管理のために立ち入る必要性が高い場合は、証拠が残る形で立ち入る旨を通知して立ち入ります。その際、宅内に立ち入った理由と一度連絡をもらいたいという旨を記した書面を置いておきましょう。
それでもしばらく連絡がない場合は夜逃げの可能性もあるため、別の対応が開始します。
(1)アンケート実施
多数の世帯に対して立ち入りを希望する際は、該当世帯に対して1か月以上前にアンケート用紙を投函し、入居者立会のもとで訪問できる日程を調整します。
その際、候補日時の他に「貸主または管理会社立会のもとで立ち入りを了承する」といった選択肢も設けておき、回答期限は1週間を目安にします。かえって期間が長いと忘れられてしまう可能性が高いです。
アンケートの回収は共用部分の分かりやすい部分に回収箱を設置するか、家主が同じ建物に住んでいる場合は家主のポストに投函してもらうなど、なるべく手間が掛からないように行いましょう。
(2)上記少数と同じ流れで対応
アンケートの実施で半数~7割くらいは回答がありますが、残念ながら一部の世帯は回答がないケースがほとんどです。その場合は上記少数の場合と同じように、電話やその他の手段で連絡を図りましょう。
立ち入りを快く承諾してもらうためのポイントは、立ち入りできなかった場合(対応できなかった場合)のリスクを丁寧に説明することです。
例えば、全世帯に向けた排水の高圧洗浄作業では、「全世帯の高圧洗浄を毎年行っている」と一方的に伝えても、立ち入られることに快く思わない入居者は承諾してくれない可能性があります。
その場合、「定期的に高圧洗浄で排水管の詰まりを解消しないと、一斉に多くの世帯が水を流した際にどこかの世帯に汚水が逆流して、お部屋内を汚してしまう可能性があります。特にトイレ関係の汚水だと非常に不快な想いをさせてしまいますので、そうならないように皆様ご協力いただいているのですが、お願いできませんか?」
と伝えることで、「自分達のために一生懸命やってくれている」と感じてもらえ、承諾してもらいやすくなります。
入居者様にとってはなるべくお部屋内に入って欲しくないという気持ちは誰しも持っています。不動産オーナーとしては「自分が持っていて、自分が貸している部屋だから」という認識を持たれている方も多くいらっしゃいます。
確かにその通りなのですが、ご自身の部屋に勝手に家族や友人が入ってきたら嫌な想いをされる気持ちもお分かりになると思います。借りている部屋であっても、そこは感情的には「自分の部屋」であり、法律的にも守られた空間なのです。
なるべくその気持ちを尊重して配慮することと、契約時や入居前に立ち入りの可能性がある旨をしっかり理解してもらうことがトラブルの未然防止に繋がります。
また、賃貸管理会社に管理委託している場合は、こういった窓口はすべて賃貸管理会社が行うこととなります。入居者とやり取りする際の配慮や契約時の事前説明は不動産管理会社と考えを共有し、円満な賃貸経営ができるように努めることが重要です。
ご愛読いただきありがとうございました。