明渡しと原状回復(約款解説)

最新更新日 2023年12月27日
執筆:宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士 三好 貴大

前回は「約款解説:契約の終了」ということで、国土交通省のホームページで掲載されている「賃貸住宅標準契約書」を例として、第13条に記載されている物件の滅失によって契約が終了する具体例について解説を行いました。

不動産業者でも契約約款に記載されている一文がどのような意味で、そのような場面のトラブルを抑止するために記載され、どのような場面で用いられるのかを理解していないケースが非常に多いため、実務をイメージして第14条・第15条の解説を行います。

賃貸借契約書(国土交通省、保証業者型)

 


第14条(明渡し)

乙は、本契約が終了する日までに(第10 条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに)、本物件を明け渡さなければならない。

2 乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない。

 


第15条(明渡し時の原状回復)

乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。

2 甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。

 


 

第14条(明渡し)の趣旨

「事前に明け渡し日を大家さんに連絡して、解約日までに物件を返してください」ということを明文化した条文になります。

少し小難しいお話しをすると、賃貸借契約中は借主が物件を占有している状態になります。その占有状態を解消し、所有者である家主が占有できる状態になったとき、明渡しが完了したといえます。

そのためには、賃貸の実務では物件の鍵を返却したときに明渡しが行われたということになります。

 

 

②原状回復とは

一言でいうと「元の状態に戻す」ことになりますが、賃貸借の原状回復に関する「元の状態」とは、全く元通りという訳ではありません。それを図解したものが以下となります。

一般的な元通りは、スタート地点からまっすぐ横に伸びるグレーのラインです。しかし、賃貸借における元通りは斜めになっている赤いラインとなります。その理由は、時間が経つと内装や設備も劣化していきますので、そういった「経年劣化」により価値が減少していきます。

つまり、貸主の負う原状回復義務とは、経年劣化して減少した分を除き、借主の責任でそれ以下に価値を減少させてしまったときに発生するものです。前記の「借主の責任」の種類や線引きについては、こちらのブログで解説しています。

 

図を見ると、赤いラインの上に「特約有効」と「特約無効」となっている部分があります。それは、特約として設けたことは一定までは有効ですが、それ以上は無効になるということを表しています。

特約が有効となるためには、国土交通省では以下のように告示しています。

 

(1)特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること

(2)賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること

(3)賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

 

この3つの条件をクリアした特約に関しては、有効と判断され、それ以上に借主に対して負担させる特約は無効となってしまいます。では、具体的にどのような特約が有効となるのでしょうか。

 

 

③一般的な特約事項

ごく一般的に使われている特約は「ルームクリーニング特約」です。私は以下の条文を特約事項として「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」や「賃貸借契約書」に記載しています。

賃借人の退去時、賃貸人が指定する専門業者によるクリーニング(設備機器清掃を含む)を行うこととし、専有面積1平米あたり税別1,000円(最低金額は25,000円とする)及びエアコン1台あたり税別10,000円を賃借人が負担するものとする。但し、物価・税率変動や汚損状況等により金額が変動する可能性があることを賃借人は容認する。

家主の中には「え?クリーニングは借主の負担で行うのが当然だから、そんなの当たり前じゃないの?」と借主の義務として認識されている方もいます。確かに賃貸業界の慣習として、この特約が使われていることから、義務として認知されていても不思議ではありません。

しかし、原則から考えるとお部屋に何年か住めば、普通に生活していてもそれなりに汚れてきますので、あくまで「経年劣化」となります。そのため、経年劣化したお部屋の汚れを借主負担とすることは、本来の原則からは外れてしまいます。

それを特約によって有効とさせているのがクリーニング特約で、判例上も有効と判断されることが多いです。

 

特約を定める上で重要なポイントは以下の4つです。

①「貸主が指定する専門業者」と明記

借主が安い業者を見つけてきてクリーニングを行ったら、安かろう悪かろうでやり直しになる場合もあり、それを避けるために必要です。

 

②エアコンクリーニング(設備機器清掃)も追記

ルームクリーニングの記載のみだと、エアコンは除外されてしまいますので、一緒に記載しておいた方が良いです。

 

③金額の目安を明記

金額を記載しておいた方が退去時に高い安いといったトラブルを回避することができます。また、クリーニング代は平米数に応じて変動するケースが一般的ですが、最低金額が存在しています。仮に15平米のワンルームがあった場合、15平米×1,000円=15,000円ではクリーニングできませんので、最低金額は記載しておきましょう。

ちなみに、ワンルーム・1Kは25,000円など一律の場合は除きますが、40平米のワンルームは前記では収まらないため、やはり平米単価での記載が好ましいです。

 

④金額が変動する可能性がある旨を明示

金額を確定させてしまうと、物価や最低賃金の高騰によりクリーニング代が高くなってしまい、明記した費用では足りなくなってしまいます。また、汚損具合による特別清掃費用などの請求もし辛くなってしまうため、但し書きとして記載しておきましょう。

 

もう一つ代表的な特約では、小規模な修繕に関するものです。こちらも以前のブログの後半で少し解説していますが、私が使用している条文を紹介します。

賃借人は、電球等の取り替え、排水パッキン交換、ゆるみ直し、害虫駆除、電池交換並びにフィルターの交換及び清掃等の軽微な修繕については、賃貸人の修繕義務を免除することを容認するとともに、賃貸人に対する通知及び賃貸人の承諾を要せず、自らの負担で行うこととする。

小規模な修繕に関する特約では、重要なポイントが3つあります。

 

①小規模な修繕に該当する項目を明記

「小規模な修繕」と一言で表現すると認識が人によって異なってしまうため、具体例を盛り込むことで借主に対して認識してもらう必要があります。

 

②貸主の修繕義務の免除を明記

この特約によって実現できるのは、貸主の修繕義務を免除し、修繕する場合には借主が負担することです。小規模な修繕が発生した場合、必ず借主が修繕を行わなければいけない訳ではない、ということがポイントです。

裏を返せば、電球や電池が切れても借主の判断でそのまま放置するということも可能です。

 

③通知と承諾は不要

原則から考えると、借主が修繕を行う場合は貸主の承諾が必要です。しかし、電球交換やゆるみ直しといった軽微な修繕は自己判断で行っても問題がなく、いちいち相談されてもかえって煩雑になるため、このような文言が必要になります。

 


今回は2つの条文について解説しましたが、ほとんどが第15条の内容でした。この原状回復に関する定めは家主からすると「それは借主に有利過ぎるでしょ・・・」と感じる部分もあると思います。

しかし、内容を理解することによって一般的な着地点が分かるため、その上でどのようなアプローチを取っていくのかを考えていくことができます。私はベースとなる知識としてこのような解説をしていますが、実務では杓子定規に判断するのではなく、状況に応じた柔軟な対応が求められます。

ご愛読いただきありがとうございました。

 

 

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