前回は「約款解説:禁止・制限行為」ということで、国土交通省のホームページで掲載されている「賃貸住宅標準契約書」を例として、第8条に記載されている禁止又は制限される行為の解説を行いました。
不動産業者でも契約約款に記載されている一文がどのような意味で、そのような場面のトラブルを抑止するために記載され、どのような場面で用いられるのかを理解していないケースが非常に多いため、実務をイメージして第9条の解説を行います。
第9条(契約期間中の修繕)
甲は、乙が本物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない。この場合の修繕に要する費用については、乙の責めに帰すべき事由により必要となったものは乙が負担し、その他のものは甲が負担するものとする。
2 前項の規定に基づき甲が修繕を行う場合は、甲は、あらかじめ、その旨を乙に通知しなければならない。この場合において、乙は、正当な理由がある場合を除き、当該修繕の実施を拒否することができない。
3 乙は、本物件内に修繕を要する箇所を発見したときは、甲にその旨を通知し修繕の必要について協議するものとする。
4 前項の規定による通知が行われた場合において、修繕の必要が認められるにもかかわらず、甲が正当な理由なく修繕を実施しないときは、乙は自ら修繕を行うことができる。この場合の修繕に要する費用については、第1項に準ずるものとする。
5 乙は、別表第4に掲げる修繕について、第1項に基づき甲に修繕を請求するほか、自ら行うことができる。乙が自ら修繕を行う場合においては、修繕に要する費用は乙が負担するものとし、甲への通知及び甲の承諾を要しない。
別表第4(第9条第5項関係)
ヒューズの取替え
蛇口のパッキン、コマの取替え
風呂場等のゴム栓、鎖の取替え
電球、蛍光灯の取替え
その他費用が軽微な修繕
まずは条文の全体像を理解する必要がありますので、上記の9条を簡単に表現すると以下のようになります。
第9条(契約期間中の修繕)
大家さんは物件内で何か壊れたら直してあげる。ただし、借主が壊したものは借主が直す。
2 大家さんは何か直すとき、前もって借主に連絡する。借主は直すことを特別な理由がなければ拒否できない。
3 借主は壊れた場所を見つけたとき、大家さんに連絡する。
4 大家さんが直してくれない場合、借主は自分で直してもいい。お金を負担する基準は最初の通り。
5 簡単な修理については、大家さんに修理してほしいと依頼できるけど、借主自身で勝手に直してもいい。
国土交通省では原状回復のガイドラインが公表されています。ガイドラインによれば、貸主と借主は以下のように負担する(責任を負う)ことになります。
貸主・・・経年劣化や通常の使用による住宅の損耗
借主・・・借主の責めに帰すべき事由により発生した破損・汚損等
つまり、普通に使っていて何か不具合があった場合や劣化したものは大家さん、借主の責任が問われることがあった場合は借主が負担するということになります。では、責任が問われること=責めに帰すべき事由とは何でしょうか。
責任が問われることは主に4つあります。
1.故意(こい)
“わざと”壊した・汚した場合。例えば、怒って壁を殴ったら穴が空いた、家主への嫌がらせでキッチンを壊した、などです。故意による破損・汚損はあまり発生することはありません。
2.過失(かしつ)
“うっかり”壊してしまった・汚してしまった場合。例えば、突っ張り棒を張りすぎて壁に穴を空けてしまった、ドライヤーを落として洗面台を割ってしまった、などです。最も多く見られる破損原因です。
ちなみに、過失による破損は借主が加入する「火災保険」で幅広くカバーすることができます。
3.通常の使用に反する使用
「普通はそんな使い方しないでしょう・・・」ということにより破損・汚損した場合。例えば、換気扇下でスプレー塗装をしていたらダクト内が塗装まみれになってしまった、エアコン(設備)のリモコンで卓球をしたらリモコンが壊れてしまった、などです。
これもあまり発生しませんが、本来の用法に反した使い方によって壊れた場合はこれに該当します。
4.善管注意義務違反(ぜんかんちゅういぎむいはん)
これは略語となり、正式には「善良なる管理者の注意義務違反」といいます。借主はお部屋を借りた以上、部屋を占有することになるため、実質的にお部屋内の管理者となり、一定の注意をしてお部屋内の管理を行う義務が発生します。その義務に反したことにより破損・汚損が発生した場合は借主の責任となります。
東京都では「賃貸住宅紛争防止条例」というものが定められており、都内で新規の賃貸借契約を行う場合、仲介を行う不動産業者はガイドラインの内容を説明する義務があり、その説明書を「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」といいます。そこではよく「エアコンなどから水漏れし、それを放置したために発生した壁・床の腐食」という例文が載っています。
それは、水漏れは貸主に修繕義務があります。しかし、水漏れを発見したら不動産オーナーや賃貸管理会社に連絡するのが借主の管理義務であり、水漏れを発見していたにも関わらず連絡しなかったために壁・床が腐った場合は責任を負います、ということです。
2項には「甲(貸主)が修繕を行う場合は~乙(借主)は~修繕の実施を拒否することができない」と記載があります。つまり、建物の所有者が壊れた箇所を直すことに対して、建物を借りている人は抵抗できないということです。
このように、建物の所有者が建物を守るために行う行為を「保存行為」と呼び、例えば不動産を3名で3分の1ずつ権利を所有している場合、リフォームを行う際には「過半数=2名以上」の同意が必要となりますが、保存行為であれば1名の判断で行うことができます。
しかし、借主は拒否できないからといって強引に立ち入って行ってしまうと様々な問題に発展する可能性があるため気を付けましょう。
では、反対に家主が本来直さなければいけない箇所を直さない場合はどのようなことが考えられるでしょうか。
その一つとして、借主の判断で破損個所を直し、修理に掛かった費用を家主に対して請求するということが法律上は可能となります。その借主に与えられた権利を「必要費償還請求権」といいます。
しかし、例えばキッチンが壊れたとした場合、借主が必要と独断で判断して交換したキッチンが前に比べて高価な製品だった時、大家さんとしては「前と同じくらいのものであれば納得できるけど、こんな高価なキッチンは納得できない!」と考える方も多いと思います。
それは当然です。その時に出てくる概念が「必要費」と「有益費」です。
必要費・・・物件の維持・管理に必要な費用
有益費・・・物件の価値を向上させるための必要
この2つの概念を踏まえて簡単に例題を挙げると、10万円のキッチンが壊れてしまい、借主の判断で15万円のキッチンに交換した場合、以下のようになります。
10万円 → 必要費として償還請求できる
5万円 → 有益費として償還請求できない
この必要費と有益費の判断は明確な線引きがある訳ではないため、当事者間のやり取りで折り合いが付かなければ、弁護士同士の交渉や裁判所の判断を仰ぐことになります。
これまで「経年劣化や通常の使用による住宅の損耗」は貸主の負担であるとお伝えしてきましたが、室内の電球が切れたり、エアコンのリモコンの電池が切れたりした場合も貸主の負担で交換しなければいけないのでしょうか。
民法上ではそのようになりますが、それでは金額どうこうではなく、維持管理が大変になってしまいます。その負担を減らすための条項が5項となりますが、この条文では裏を返すと「借主自身で勝手に直してもいいけど、大家さんに修理するよう請求するのが原則」と捉えることもでき、中途半端な状態です。
実務上では小規模な修繕については借主の方で行っていただくことが一般的で、この5項の条文以下のように修正することが好ましいといえます。
このように小規模な修繕の修繕義務を免除する特約は有効とされていて、実務上では広く使われている条文ですが、中には国交省が公開する条文をそのまま利用しているケースもあるため注意しましょう。
原状回復や修繕に関する賃貸トラブルは東京都庁の相談窓口に寄せられる相談の中で最も多い内容です。賃貸トラブルに発展しないよう契約条文をチェックし、契約時にしっかり説明するように不動産業者へ依頼することが重要です。
また、不動産管理会社として一番楽なのは、不動産オーナーにできる限り負担してもらうことです。あれこれ理由を付けて不動産オーナーに負担してもらうようお願いするケースが多々見られます。不動産業者の言われるがままにならず、家主自身も一定の線引きを持って判断・対応を行っていくことが求められます。
ご愛読いただきありがとうございました。