前回は「約款解説:共益費・管理費」ということで、国土交通省のホームページで掲載されている「賃貸住宅標準契約書」を例として、第5条に記載されている共益費の解説を行いました。
不動産業者でも契約約款に記載されている一文がどのような意味で、そのような場面のトラブルを抑止するために記載され、どのような場面で用いられるのかを理解していないケースが非常に多いため、実務をイメージして第6条の解説を行います。
第6条(敷金)
乙は、本契約から生じる債務の担保として、頭書(3)に記載する敷金を甲に交付するものとする。
2 甲は、乙が本契約から生じる債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、乙は、本物件を明け渡すまでの間、敷金をもって当該債務の弁済に充てることを請求することができない。
3 甲は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を乙に返還しなければならない。ただし、本物件の明渡し時に、賃料の滞納、第15条に規定する原状回復に要する費用の未払いその他の本契約から生じる乙の債務の不履行が存在する場合には、甲は、当該債務の額を敷金から差し引いた額を返還するものとする。
4 前項ただし書の場合には、甲は、敷金から差し引く債務の額の内訳を乙に明示しなければならない。
まず、「債務」とは何でしょうか?
「債権(さいけん)」と「債務(さいむ)」はコインの表裏のようなもので、コインが生まれた瞬間に表裏が発生するように、義務が生まれた瞬間に債権と債務も発生します。
簡単に表現すると、「やってもらう義務=債権」と「やらなければいけない義務=債務」となり、例えば賃料であれば、「受け取る義務=債権」と「支払う義務=債務」となります。
実は、「賃貸借」と一言でいっても、様々な義務(権利)が発生します。例えば、「賃料支払い義務」や「敷金返還義務」、「修繕義務」、契約解除に伴う「建物明渡義務」や「原状回復義務」など、挙げればきりがありません。
それらは家主が債権を持ち、借主が債務を負う場合もあれば、その逆も存在します。そして、借主が約束を破って債務を履行しない場合(賃料を期日までに支払わないなど)の担保として、敷金を預かるということになります。
意味そのものは簡単で、もし賃料を払わないなど債務を履行しない場合は、家主の判断で敷金から充当しますが、借主の主張で「敷金から充当してくれ」とは言えないということになります。
見解は様々ありますが、「賃料を払えなくなって敷金から充当してほしい」と依頼があった場合、突発的な要因を除いてその後も滞納が続くと予想されます。敷金からの充当が成立してしまうと、家賃滞納状態にならないため、家賃滞納を理由とした立ち退き交渉を開始するのが遅くなり、損害が大きくなってしまいます。
そのため、借主からの主張により敷金から充当することはできないようにしておいた方が初動を早くすることができます。
しかし、新型コロナウィルスの影響や一時的な病気・怪我など、やむを得ない事情のときは、その後の良好な関係性と維持管理にとって柔軟な対応をした方が得策の場合もあります。
法律条文や契約条文には「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」といった表現がありますが、表現が多少曖昧なので、個々人によって認識の相違が発生します。
私の認識と、インターネットでそれらの表現について調べた結果は大体同じだったので、以下に紹介させていただきます。
「直ちに」・・・すぐにという意味合いで、感覚的には数時間~1日以内
「速やかに」・・・なるべく早くという意味合いで、「20日以内」と書き換えられた法律条文あり
「遅滞なく」・・・理由もなく遅くならないようにという意味合いで、感覚的には1か月くらい
敷金の返還に関しては、1か月以内に返還した場合や、「どれくらいで返してもらえますか?」と質問された際に1か月以内と答えればクレームに繋がることはほとんどありませんが、2~3か月以内と答えた場合はその限りではないでしょう。
私は以下のような条項を追加しています。
なぜなら、もし何等かの事情で敷金から充当した際、敷金の埋め戻しを義務化する条項がないと敷金がなくなったままになってしまうリスクがあり、退去時の原状回復費用を担保できない可能性があるためです。
こういった契約条文は認識の相違がないように細かく書かれていますが、至ってシンプルに条文を翻訳すると以下のようになります。
第6条(敷金)
借りる人は敷金●●円を払う。
2 賃料を払わないときは敷金を充当する。でも、借りている人から「敷金から充当してくれ」とは言えない。
3 退去するときは”必要な分”を差し引いて、残った敷金を早めに返す。
4 ”必要な分”の内訳は説明する。
契約条文は慣れないと読みづらく、イメージが掴みづらいというのが本音です。慣れるためには何十件も読んだり、作ったり、チェックしたりと携わっていく必要がありますが、不当な条文に気付けないまま後悔している相談を多く受けてきました。まずは「簡単に言うと?」という視点で読むことで、より理解しやすくなるかもしれません。
ご愛読いただきありがとうございました。