前回は「約款の独自解説:第1条①」ということで、国土交通省のホームページで掲載されている「賃貸住宅標準契約書」を例として、冒頭の第一条から解説を行いました。
不動産業者でも契約約款に記載されている一文がどのような意味で、そのような場面のトラブルを抑止するために記載され、どのような場面で用いられるのかを理解していないケースが非常に多いため、実務をイメージして第一条の後半をお伝え致します。
第1条(契約の締結)
契約条文では、「貸主」や「借主」、「連帯保証人」などをはじめ、中には「転貸人」や「転借人」といった様々な関係者が登場します。
”貸”と”借”を読み間違えたり、何度も2字以上の文字を書き込むのは煩雑だったりするため、十干(じっかん)から引用し、上から順に「甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)」と一文字で表現することが慣習となっています。
一般的には前記4つぐらいまで使用し、多くは「甲=貸主」「乙=借主」「丙=連帯保証人」「丁=二人目の連帯保証人」となります。
賃貸借契約書では標準としてこのようになっていますが、甲と乙には順番が存在します。例えば、「甲乙つけがたい」という言葉がありますが、これは「一番か二番か順番をつけがたい」という意味です。
つまり、甲と乙には暗黙の了解で順位がありますので、合意書や覚書、念書を作成する際に甲や乙を使用する際には、関係者の誰を甲にし、誰を乙にするのか気を付ける必要があります。
契約約款の冒頭には、この表現が非常に多く登場します。例えば、「本物件」という表現を突然使用してしまうと、「そもそも”本”って何のことで、”物件”といっても建物や駐輪場、駐車場、その他色々考えられるけど、どれのことなの?」と、賃貸トラブルになった際のツッコミ場所を残してしまうことになります。
そのため、例文では「頭書(1)に記載する賃貸借の目的物=本物件」と明確に表現することで、認識の相違を回避しています。
前回、賃貸借契約は「諾成契約(口約束)」で成立し、「契約の締結」と明確に記した物へ署名捺印することで、後から契約が成立したか否かという認識の相違によるトラブルを抑止する効果があるとお伝えしました。
しかし、「賃貸借契約の成立」だけだと、「民法上での定め」に則って賃貸借することになります。その場合、ペットの飼育や楽器の演奏、その他様々なルールが定まっていない状態となります。そのため、「以下の条項により」と記載することで、「これから書いているルールに従って契約しましょう」ということが出来るのです。
もっと深掘りしてしまうと、入居申込から契約締結までの流れを厳密に言うと以下のようになります。
①借り受け希望者から入居申込書を受領
まず、内見者から「賃貸借契約をしたい」という意思表示をしました。
②貸主の承諾を得て入居審査通過
貸主から「この人と賃貸借契約してもいい(=契約したい)」という意思表示をしました。実は、この時点で貸主借主双方から契約の意思表示がなされたので、”民法上”は賃貸借契約が締結されたことになります。しかし、契約条文が定められていないので、民法上の規定に則って賃貸借する必要があります。
③書面を読み合わせし、署名捺印を受領して契約締結
この時点で、貸主借主双方の合意により契約条文が定められ、不動産業者が介在した場合は仲介業務が完了したことになります。そのため、上記②~③の間に「契約書に判子押してない以上は契約は成立していないので、やっぱり今回の契約は無しにしてほしい。」ということは言えなくなります。
また、基本的な話として「賃貸借契約」とは、そもそも何か?ということをお伝えしておきます。
「賃貸借契約」という言葉を分解すると、「賃」「貸借」「契約」となり、「お金(賃)を対価として支払って貸し借り(貸借)する契約」という意味になります。ここから「賃」を抜くと、正式名称が「使用貸借契約」となり、「無償で使用するための貸し借りをする契約」という意味になります。
余談ですが、「賃貸」は「お金を対価としてもらって貸すこと」で、「賃借」は「お金を対価として払って借りること」となります。たまに「無料で賃貸借する」という言葉を聞きますが、それは「使用貸借」のことで、意味は伝わりますが正しい表現ではありません。
このように、シンプルな一つの条文でもこれだけの意味や背景があります。契約約款は内容を理解し、トラブルが発生した際には約款をもとに解決を図り、そもそもトラブルが発生しないように約款を改善していくことで、価値のあるものになっていくのです。
ご愛読いただきありがとうございました。